皆様、おはようございます。TOSHIXXXです。
今年もこの日がやって参りました。本日は言うまでもなく、不世出の歌姫、ZARDの坂井泉水さんの命日。亡くなられてから、今年で丁度15年。正に節目の年となりました。
この企画も早6回目。今回は原点回帰といいますか、ZARDの楽曲全ての作詞を手掛けた坂井泉水さんの「言葉」から、彼女の残したメッセージを辿ると同時に、人間・坂井泉水を改めて考察したいと思います。
1.バブルなオンナ
まずは少し悪意を感じる(?)このテーマから。
宇多田ヒカルさんやXJAPANのようにデビュー作から己のカラーが完成している。そんなアーティストもたまにいますが、ほとんどのアーティストは試行錯誤を繰り返し、自身の勝ちパターンといいますか、核になる音楽性を確立していく。
ZARDで云えば、やはりそれはダブルミリオンの2nd「揺れる想い」であったかと思われ、それ以前は当時よくいたちょっとクールないいオンナ、換言すればバブルの残り香がする恋愛をコンセプトにしていた。ワタクシはそう感じています。
その視点で云えば(ミニアルバムはその前に出してますが)、1stフルアルバム「HOLD ME」には誕生前夜とも云える坂井さんの詩世界が広がっていて。
”窓ににじむ city light ぼんやり雨の音を楽しんでる
長すぎる夜の過ごし方 上手くなったみたい” <サヨナラ言えなくて>
”Hold Me そばにいて 上手(きよう)な言葉は要らないから
Hold Me もう二度と 他の誰かを 愛さないで” <こんなに愛しても>
”濡れた唇乱され 嘘を許してもいいと・・・” <Dangerous Tonight>
う~ん、やっぱりこれって、バブルですよね(笑)。
とにかく当時(1992年)はまだ今みたいに、生活防衛とか老後の心配とかそういうことをあんまり考えなくて良かったんだろうな、手に入らないのは色恋だけ。それすらも何となくアクセサリー的な価値観がして・・・。
少しうがった見方かもしれませんが、初期の坂井さんの女性像からはそんな印象が浮かんできます。
もしZARDがこのままの路線で終わっていたら(もしバブルが崩壊してなかったら、ずっとこうだったかも!?)、きっと今もファンに惜しまれるZARDは誕生せず、ワタクシも毎年坂井さんを偲ぶ記事をアップすることもなかったことでしょう。
ただ決してこの時期ZARDも鳴かず飛ばずという訳ではなく、コンスタントにそこそこのヒットは飛ばしていた。しかしその先にまだ大きな光が射していたこと。
この事実こそがZARD、引いては坂井泉水さんがいかに稀有な存在であったか・・・。そのことを再認識させてくれますよね。
2.”私”の中の少女
「負けないで」の大ヒット以降、どんどん坂井泉水さんは等身大の自分をZARDの詩世界に打ち出していくようになります。
「揺れる想い」以降、見え隠れするようになったのは坂井泉水さんの、無垢な少女性。売れっ子アーティスト目指して、ある意味無理して突っ走っていた坂井さんが、本来の自分に還ったと。
ブレイクした故に許された表現の自由。それは正に音楽の神様が坂井さんに与えてくれた、一種のギフトだったのかもしれません。
そんな坂井さんの中に眠り続ける、永遠の少女。それを最も端的に表している2曲が「Oh my love」と「少女の頃に戻ったみたいに」ではないかと思います。
「Oh my love」は昨年の追悼ブログで、SARD UNDERGROUNDのカバーバージョンを絶賛させていただいたんですが、やはり20歳前のキュンキュンラブを丁寧に描く坂井さんの感性。その瑞々しさがなければこの曲は絶対に書けない訳でして。
「少女の頃に戻ったみたいに」は歌詞の中で少女時代を追体験しているとも云えるんですが、
”懐かしい 少女の頃に戻ったみたいに やさしく 髪を撫でてくれる
そんな暖かい手を いつも待っていた”
このフレーズにはやはり無垢な少女。そのイメージを重ねてしまうんですよね・・・。
成功した故、という向きもあるかもしれませんが、やはり坂井泉水という人は、地位や名誉、金銭よりも心のつながりや素朴な温もりを大切にしていた。
そんな坂井さんの作った歌だからこそ、信じられる。こうして何年たっても聴き続けることができる。偽りの自分ではなかったから・・・。ワタクシは常々そう感じております。
3.幻の花嫁
ワタクシが今も信じて疑わない、日本三大歌姫。
具体的には中森明菜、柴咲コウ、そして我らが坂井泉水。この才色兼備のお三方になるんですが、何故か全員未婚なんですよね( ゚Д゚)。
皆様総じて家庭的な方(特に柴咲さんの料理スキルの高さは有名ですよね!)なんですがね(>_<)。まあこれこそご縁の問題といいますか、人生の不思議さ。ですよね。
坂井さんの詩世界の女性達も、自由奔放とは全く真逆のある意味昭和な大和撫子。ZARDの楽曲にはお嫁さんにしたくなる一途な女子が沢山出てくるんですが、その中でも一番はやっぱり「So Together」かなと。
元々結婚式が近い友人のために作ったという曲ですから、勿論ベタベタのウェディングソングなんですが、歌詞もメロディーもアレンジも全てが坂井さんの夢見た花嫁のイメージなんだろうな。そう思えてならないんです。
” 子供の頃夢見た 今日の日思い出す 永遠の愛を誓い 痛みまで分かち合う
大切を教えてくれた あなたのもとへ ”
いやはや、これはもう神父様の説く愛のカタチですよね。
”So together あなただけ見つめて 穏やかに暮らしてゆきたい
So together めぐり逢えた喜び 噛みしめて目を閉じてゆく”
本当にここまで一途な女性を描いたアーティストって実は少ない。例えば良妻賢母のイメージの強い竹内まりやさんも、歌詞の世界は結構ドロドロしてますからね( ゚Д゚)。
それ故に、きっと結婚願望は強かったであろう坂井さんのことを思うと、胸が苦しくなってしまうんですよね・・・。
4.生と死の間で~「負けないで」
最後はやはり、坂井泉水さんの夭折について。あの日から15年経った今も、私達ファンの心の痛みが完全に消えることはありません。
第1弾の追悼記事では、坂井さんの未来を予見していたかのような「いつかは・・・」の歌詞を紹介していたんですが、今のコロナ禍とウクライナ危機に揺れる情勢なら、きっと生きる希望に満ちた、力強いメッセージを発してくれていたのでは。そう感じるようにもなってきまして。
生前(2004年)のライブで坂井さんが語った「私はいつも本当に、言葉を、詞を大切にしてきました。音楽でそれが伝わればいいなと願っています」というシーン。時を経て今こそ、その言葉の重みが一番ワタクシには響いております。
そうなると最後にお伝えしたい詩は、やはりZARDの最大の応援歌でもあり、人生賛歌でもある「負けないで」ですよね。
”負けないでもう少し 最後まで走り抜けて
どんなに離れてても 心はそばにいるわ”
”負けないでほらそこに ゴールは近付いている
どんなに離れてても 心はそばにいるわ”
こんなに平和な日本でも、40代後半にもなると、生きているのは不安で、正直辛いです。仕事の先行きや老後のことだけでなく、満員電車や飲み会とかがまた復活して、他人の気をビンビン受けて疲れ果てる。またコロナ前の日常。それなのに人生100年と来た。いつまでこんな日々が続くのかと絶望もしたくなる。
でも、それでもこの時代のランナーの一員である以上、天に召されるまではレースを途中棄権はしたくない。
出来るなら、後続のランナーが少しでも楽に走れるよう、道も整備していきたい。それが天界にいるであろう、坂井さんからのメッセージでもあるでしょうからね。
5.終わりに
いかがだったでしょうか。
あの悲しみから15年。科学技術は日々物凄い勢いで進み、そう遠くない内に坂井さんのAIやクローンが出来てしまう。そんな未来も全くの夢物語ではなくなってまいりました。
それでも一番素敵で、美しいのは私達ファンのそれぞれの心に生き続ける坂井さん。素晴らしい沢山の言葉と、歌。ワタクシにとって、坂井泉水とは不世出の歌姫であると同時に、心優しい姉のような存在で。
だからこそ坂井さんが生前に届けてくれた宝物を、これからもずっと私は大切にしていきたいです。皆様も、きっと同じ気持ちですよね。
それでは今年は、中之島公園で目にした色とりどりのバラを、坂井さんに捧げたいと思います。歌姫、坂井泉水よ、永遠なれ。